高木正勝〜音楽と農業〜
芸術と農業の繋がりで言えば、宮沢賢治の『農民芸術概論綱要』という講義録が有名です。農作業をし、芸術活動もする。その二つが決して分離しない。自然界が教えてくれるものを、芸術の世界に活かそうという動きは、今も古びることはなく、むしろ新しい価値観として徐々に広がっているように思います。
優しい音色でインストゥルメンタルを奏でる音楽家の高木正勝さんも、自然界にエネルギーをもらいながら、その世界観を作品に昇華している芸術家の一人です。
山や川や夜空を駆け回るような軽やかな音色を奏でる高木正勝さんのピアノ。
高木正勝さんは、京都府出身で、1979年生まれ。音楽以外に映像も制作します。音楽を始めたのは意外と遅く、ピアノは12歳の頃から、映像も19歳で世界を旅しながら作品制作を開始。
コンサートや展覧会など国内外で活躍。映画音楽では有名なアニメ作品(『おおかみこどもの雨と雪』『バケモノの子』)や、スタジオジブリのドキュメンタリー『夢と狂気の王国』などのサントラも手がけ、2009年のNewsweek日本版で「世界が尊敬する日本人100人」にも選ばれています。
高木正勝さんは京都の団地育ちで、洛西ニュータウンという“あたらしいまち”に住んでいました。

その当時から田舎の持つ不思議な魅力に引き込まれていたようで、東日本大震災のあと、2013年に兵庫県篠山市の人口わずか20人ほどの桑原という地域に移住。田舎暮らし、里山暮らしを始めます。
引っ越しました。山に囲まれた谷間の小さな村。その村の一番奥にある古民家。もはや山と一体化しております(2013年8月)。
そして、田舎暮らしのなかで自然と「農業」を始めるようになります。
農業も、自然農法、自然栽培などと呼ばれる無農薬、無肥料で行う、自然の力をいっそう深く感じられる方法を採用。きっかけは、村のひとが、農薬を使わない方法で一緒に田んぼでもやってみないか、と誘ってくれたことだったそう。興味はあった高木さんですが、色々と忙しく、いったん落ち着くまでは、と言ってしまいそうに。しかし、そこをぐっとこらえて、「ひとまず」やる、と。
僕は、この数年、特に震災以降、「ひとまず」やってみるのを大事にするようになった。自分ができるのかどうかわからない。いいかどうかわからない。だけど「ひとまず」やってみる。誰にだって「はじまり」があるのだから。多少間違ったって、道、それでいい。(2014年1月)
こうして自然を体験しながら、体感しながら、音楽制作にいそしんでいると、生活も変化し、また農薬や肥料がなぜ必要で、なぜ必要ないか、自然農法、自然栽培がなぜ成り立ち、そして音楽や暮らしやからだとどう関わってくるか、というのが見えてくるようです。
自然農のやり方も、調べてみると、何も入れないほうがいいとか、落ち葉を入れたほうがいいとか、草を抜いちゃいけないとか、いろんなやり方がありすぎて、最初はよく分からなかったんです。でも、最近は実感としてなんとなく分かってきました。畑に落ち葉を混ぜると、それを微生物が食べて糞をして、そうして細かく細かくなって、ようやく野菜が吸収できるようになる。それって野菜だけじゃなくて、人間がものを食べるというのも、胃や腸の中で同じことが起こっていますし、暮らし全体にも同じことが言えると思ったんです。
たとえば畑だと、僕らが手をかけられるのは、野菜の世話というより、土の中に棲んでいる微生物たちの世話なんです。土の中の生き物たちが元気に暮らせていたら、野菜たちも勝手に元気に育っていく。それと一緒で、やっぱり自分の暮らす環境を整えたら、自ずとそこから育っていくものがあると思います。
これから地方を中心に、音楽と農業の融合、芸術と自然の融合というものがあちこちで小さく始まり、美しい連鎖とともに徐々に広がっていくことでしょう。